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セリーヌ「なしくずしの死」

 2020年、東京オリンピック開催決定!
 おめでとうございます。
 猪瀬知事の不適切発言や放射能汚染水流出問題で一時は苦戦が伝えられたオリンピック招致活動でしたが、何はともあれ東京に決まって良かったですね。めでたい!
 それにしても事前の報道であれほど優勢だと伝えられていたスペインがあっけなく敗れ去ったのには驚きました。やっぱり報道なんてアテにならないのですね。
 
 宮崎駿監督の引退会見での言葉。
 「この世は生きるに値するということを子供たちに伝えるために作品を作ってきた」
 手塚先生にしろ石森先生にしろ藤子先生にしろ、昔のマンガ家やアニメーターたちは、次世代を担う子供たちのために、教育者的な視点で作品を作っていたんですよね。
 それが今では精神的に子供のマンガ家が自己満足のマンガを描いている。
 だからつまんねえんだよ、最近のマンガは。
 
 さて、すっかり秋らしくなってまいりました。秋といえば読書ですよね。そこでまた私の最も敬愛する作家、セリーヌのお話をさせていただきます。
 セリーヌについては過去2回、「セリーヌの文学」、「セリーヌと村上龍」という記事を書きましたけど、今回がラストです。
 
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 ルイ・フェルディナン・セリーヌ(1894~1961)は、1932年に「夜の果ての旅」でデビュー。
 続いて1936年「なしくずしの死」、1944年「ギニョルズ・バンド」と優れた小説を発表するものの、1937年に発表した「虫けらどもをひねりつぶせ」等の反ユダヤ主義パンフレットによりドイツへの協力者と見なされ(ただし、そのような事実はない)、戦犯として投獄。
 戦後、釈放された後は、戦争中のドイツでの体験を基に亡命三部作と呼ばれる「城から城」(1957)、「北」(1960)、「リゴドン」(1969)を発表。
 晩年はパリ郊外のムードンで、人との接触を避け、奥さんのリュセット、そして犬や猫やオウムたちと一緒に、死ぬまでひっそりと暮らしたそうです。
 
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 ドゥルーズ=ガタリの「カフカ」という本の中にセリーヌについて言及している箇所があって、その文章が好きなので(一部異論もありますけど)、少し引用してみますね(宇波彰、岩田行一訳)。
 
 ・・・創造は単に語彙だけのものではない。語彙はほとんど取るに足らない。犬のように書くためには、冷静なシンタックス的創造が肝心である(しかし、犬はまったく書かない)。
 それはアルトーがフランス語についてしたこと、つまり叫び=息であり、別の線にしたがってセリーヌがフランス語についてしたこと、つまり至高点における叫び声である。セリーヌのシンタックス的発展、「夜の果ての旅」から「なしくずしの死」へ、「なしくずしの死」から「ギニョルズ・バンド」まで。
(結局セリーヌには、自分の不幸以外にはもはや何も言うことがなかった。つまりもはや彼は書きたいと思わなかった。彼はただ金が必要なだけだった。そしてそれは常にそれとして終わる。言語の逃走の線。沈黙・中断・終わりのないもの、あるいはもっと悪いもの。しかしその間に何という狂気の創造があることか。何という書く機械であろうか・・・それらの作品で、言語にはもはや強度しか存在しなかった・・・)
 
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 私はセリーヌの小説の中では「なしくずしの死」が最も好きです。
 戦後書かれた亡命三部作の中では「城から城」。
 評論文では共産主義の行く末を揶揄した「懺悔(メア・クルパ)」が素晴らしかったです。
 
 セリーヌは自分の人生をそのまま小説にした作家で、「なしくずしの死」は彼の少年時代を題材としています。
 下町での貧乏な生活、すぐに怒り狂って暴力をふるう父親、レース編みの仕事で生計を助けている気弱な母親、可愛がってくれたおばあちゃんの死、学校を終えるとすぐに出された丁稚奉公先で大人たちに騙され、最後はクルシアル・デ・ペレールという発明家の助手になって・・・という物語が多分に幻想的なシーンを含みながら展開していきます。
 
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 私が最初この小説を読んでビックリしたのは船のシーン。
 主人公のフェルディナンは父と母と三人で船でイギリスへ旅行するのですが、母親が船酔いで吐いたと思ったら、次々と乗客たちがゲロを吐き出し、船じゅうでゲロのシャワーのかけ合いが始まります。何とも大胆というか、お下品なシーンです。
 
 もちろん、これはセリーヌが現実を誇張してマンガチックに描いているのですけど、しかしその基になったであろう体験と似た体験を私もしております。
 それは北海道から本州へ引き上げてきた時のことです。父と母と私の三人は室蘭からフェリーに乗って仙台へ向かったのですが、船が沖に出た途端、母がゲーロゲロ。すると隣の船室からもおっちゃんのゲロゲロする音が聞こえてきて・・・
 「ははん、セリーヌは子供の時の家族旅行の体験をこんなふうにカリカチュアしたんだな」
 とセリーヌの創作の秘密が掴めたように思えて私は嬉しかったです。
 
 まえにもいちど言及しましたけど、セリーヌの会見記「敗残の巨人」を書いたミルトン・ヒンダスがこう書いています。
 「セリーヌのような作家がいるのに、どうして他の作家を読みつづけるのか、私にはわからない」(上村くにこ訳)。
 まったくおっしゃる通りです。
 
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 それではセリーヌの「なしくずしの死」の一節を引用して、今回はおしまいにしたいと思います。
 これは、発明家クルシアル・デ・ペレールの助手となった主人公フェルディナンが、町に使いに出た際に、はじめて自分が働きに出た数年前の事を回想するシーンです。
 たしか作家のカート・ヴォネガットも著書の中でこの場面について言及していたと思います。セリーヌの心の琴線がどこにあるかよく分かる文章です。
 では、高坂和彦訳でどうぞ。
 
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 ・・・ともかく、急ぐことたあない・・・ぼくは物思いにふけった・・・ベルロープのとこを辞めてからもう何年にもなる・・・それにあのちびのアンドレ・・・いや、あいつだってもう大きくなっているはずだ、哀れな奴!・・・今もどっかで苦労してるんだろう・・・別の誰かさんのとこで・・・ひょっとしたらもうこの界隈にはいないかもしれない・・・二人でいっしょによくあそこへ来たもんだった・・・ちょうどあの泉水の向こうの、左のベンチだ・・・そうして正午のドンを待ったもんだった・・・もうずいぶん昔の話だ・・・二人ともあのころは丁稚だった・・・糞! 小僧っ子が早く年を取ることは! 
 ぼくはあっちこっち、ひょっとしてちびのアンドレの姿が見えやしないかと、見まわした・・・あるセールスから聞いた話じゃあ、彼はもうベルロープのところにはいないってことだった・・・サンチェのあたりで働いてるって話だ・・・一人前の《若手》として・・・ときどき、アーケードの下に彼の姿を見つけたように思った・・・だが違う!・・・彼じゃなかった!・・・きっともう刈り込んじゃいないのかもしれない・・・つまり、あのころみたいに、坊主頭じゃあ・・・もう叔母さんも死んじゃったかもしれない・・・とにかくどっかで《たつき》のために走り回っているに違いない! あるいは浮かれ騒ぎのために・・・ひょっとしたらもう二度と会えないかもしれない・・・てんでいなくなっちまったのかもしれない・・・身心ともにもう想い出話の分に入っちまったのかも・・・
 ああ! それにしても、おそろしいこった! 若い若いと思ってたって、気がついたときにはもうこのざまだ・・・途中でどれほどの連中を見失っちまうんだろう・・・どれほどの相棒に会えなくなっちまうんだろう・・・二度とふたたび・・・夢みたいに消えちまうんだ・・・おしまいになっちまうんだ・・・ドロン、てなもんだ・・・自分もやっぱり消えちまうんだ・・・いつか、そりゃまだ遠い先の話じゃあるけど・・・でもどうしたって消えちまうんだ・・・奔流に呑まれて、世の中の・・・人びとの、歳月の・・・形あるものの・・・みんな過ぎ去って行くんだ・・・決して止まるもんじゃないんだ・・・
 間抜けも、乞食も、野次馬も、淫売たち、眼鏡をかけたのや、こうもりを持ったのや、紐の先に小犬を連れてるのや、アーケードの下を歩いている女たちも・・・みんな、もう二度と会えやしないんだ・・・それ、もう行っちまう・・・あいつらもみんな誰かのことを考えているんだ・・・誰かとつながってるんだ・・・それもやがて終わっちまうんだ・・・まったく悲しいじゃないか・・・やりきれないじゃないか・・・歩廊をぞろぞろ歩いているあの罪のない連中は・・・
 物狂おしい欲求がつき上げて来た・・・パニックに襲われてブルブル身体が震えた、連中に飛び掛かって行きたかった・・・通せんぼをして、連中をその場に立ち止まらせるんだ・・・上着をつかんででも・・・なんてバカな考えだ・・・彼らを引き止めるんだ・・・一歩も動けないように!・・・その場にそのまま釘付けにしてやるんだ!・・・未来永劫!・・・立ち去って行くのを二度と見ずにすむように・・・ 

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