このところ暖かいですね。昨日も夏のような日差しでした。暖かいのは結構な話なのですけど、夏が始まる前に調子こいて暑いと、いざ本当に夏が始まった途端、勢いが失速して冷夏になる傾向がありますので、要注意だと思います。
要注意と言えば、箱根の方で火山性の地震が続いているそうじゃないですか。
まさか富士山が噴火(!)なんて事態にはなりませんよねぇ・・・ガクブル・・・
ボクシング世界ウェルター級統一王座決定戦《マニー・パッキャオ対フロイド・メイウェザー戦》がたいへん話題になりましたね。WOWOWの独占放送でしたので、私はスポーツニュースで一部しか観ておりませんけど。
結果は残念ながらパッキャオの判定負けでしたけど、フィリピンの貧困層から這い上がってきたパッキャオはカッコ良いですよね。同じアジア人として誇りに思います、彼のような偉大なアスリートが出現したことを。
パッキャオに勝って欲しかったなぁ、私は・・・
「世紀の対決」や「スーパーファイト」等《パッキャオ対メイウェザー戦》を報道するメディアの言葉を見たり聞いたりしていたら、私は当ブログの記事「懐かしのテレビ番組その1」でご紹介した《「ハグラー対レナード》の試合を思い出しました。
もう30年近く昔の試合ですけど、こちらも素晴らしかったですよ。ボクシングの真髄が味わえる試合でした。
さて、このところお送りしております「感動の最終回」シリーズですけど、ラストの今回は心に残るアニメや特撮ヒーロードラマの最終回を思いつくままにご紹介してゆきたいと思います。
トップバッターは、「ラ・セーヌの星」です。
フランス革命時のパリで、正義の騎士《ラ・セーヌの星》になって戦う少女シモーヌを主人公にしたドラマです。
少女向けのアニメですけど、重厚な歴史ドラマが堪能できるところが魅力でした。それもそのはず、シモーヌはあのマリー・アントワネットの異母妹という設定なのです。
マリー・アントワネットですよ、あーた。飢えた群衆が騒いでいる姿を見て
「パンが無ければ、お菓子を食べればいいのに」
そう言ったと伝えられているマリー・アントワネットですよ。
肖像画によれば、このような外見の女性でした。
本作では、このように描かれております。
最終回「さらばパリ」では、このマリー・アントワネットが断頭台の露と消える場面が描かれます。もはや少女向けアニメの範疇を超えておりますわな、この時点で。
夫ルイ16世が処刑され、いよいよ覚悟を決めたマリーは、後ろ手に縛られたまま馬車に乗せられ、断頭台(ギロチン)のある広場へ連れてゆかれる。
「ルイ、今あなたのもとへ」
そう言って静かに断頭台に首を据えるマリー。
ところが、役人の一人が
「邪魔だ、取れ!」
そう言って部下にマリーが被っていた白い帽子を取るように命じる。
乱暴に剥ぎ取られ、投げ捨てられる帽子。
ばらけた髪のまま顔を上げ、屈辱に涙を滲ませるマリー。
と、ここで画面は、マリーを見つめる群衆の姿を映し出す。
群衆の前にひらひらと舞い落ちて来る白いマリーの帽子。
次の瞬間
「やったー!」
と叫んで歓喜する群衆。
マリーが処刑された場面を直接には描かず、群衆の様子から間接的に描くという、心憎い趣向でした。さすがはアニメ「ルパン三世」ファーストシーズンを手掛けた大隅正秋さんの演出、お見事です。
「ラ・セーヌの星」は、私が大学受験を失敗した後、福島県富岡町(福島第一原発事故で現在は立入禁止地区になっているあの富岡町ですよ)で浪人生活を送っていた時に再放送で観たのですけど、同じ時にやはり再放送で観たアニメが「ペリーヌ物語」です。
これも心に残る良い作品でした。
ボスニアから亡くなった夫の実家であるフランスへロバのパリカールが引く馬車で向かうペリーヌとお母さんと愛犬バロン。
しかし、アルプス越えの無理が祟って、お母さんが旅の途中で亡くなってしまう。
最終回ではありませんけど、このお母さんが亡くなるシーンで泣きましたな、私は、おいおいと。
当ブログの記事「懐かしの特撮ヒーローテーマソング」で一度ご紹介した「ジャイアントロボ」が、私は子供の時に大好きでよく観ておりました。
ロボの宿敵である独眼竜正宗のようなGR2や
ロボのコピーとして作られたカラミティ(でも、なぜか動かないのよね。博士が何度も「カラミティ、アクション!」と叫ぶシーンがとても印象的でした)などのロボットもカッコ良かったです。
そんな「ジャイアントロボ」の最終回がまた泣けるんですわ。
ギロチン帝王率いる悪の軍団との戦いの末、遂にロボの原子エネルギーが切れ、ロボは動かなくなる。そこへ姿を現すギロチン帝王。
国際秘密警察機構ユニコーンの隊員たちはギロチン帝王を攻撃しようとするが、ギロチン帝王の体は原子爆弾と同じ成分である事が判明する。ギロチン帝王が爆発すれば、一緒に地球もふっ飛ぶ。困り果てるユニコーンの隊員たち。高笑いするギロチン帝王。
その時、ロボが補助エネルギーによって再び動き出す。動き出したロボは、大作少年(演じるのは「悪魔くん」の金子光伸さん。かわゆい。早世なされたのが誠に残念です)の命令を無視して、ギロチン帝王をふん捕まえる。そして、ギロチン帝王を抱きかかえたまま宇宙へ飛び出すや隕石に突っ込み、ギロチン帝王共々宇宙の塵となる・・・
たしかアニメ「鉄腕アトム」の最終回も、アトムが地球を救うためミサイルと共に太陽へ突っ込むんでしたよね。
同じように、心が宿った(?)ロボが、自分を犠牲にして地球を救う姿に、子供だった私はジーンと感動したのです。
私のようなオタク中年に大人気だったアニメが「ケロロ軍曹」です(ベストセラーとなった「電車男」も「ケロロ軍曹」のファンでしたw)。
内容的には、地球を侵略しにやって来たケロロ軍曹率いるカエル型宇宙人の一団《ケロロ小隊》が日向家に居候し、そこで姉の夏美ちゃんや弟の冬樹くんらと珍騒動を引き起こすという物語なのですが、「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」、「宇宙戦艦ヤマト」、「機動戦士ガンダム」、「新世紀エヴァンゲリオン」、さらには「赤き血のイレブン」etc・・・と、私らの世代が非常に懐かしむ作品のパロディ満載でして、いっとき夢中になって観ておりました。
絵のクオリティも、演じる声優さんも、すべて素晴らしかったのですけど、声優さんの中では特にアンゴル・モアちゃんを演じた
能登麻美子さんの声が大好きでした。ほんわかしていて、癒し系で(下の写真は小保方さんじゃありませんからね、念のため。能登麻美子さんですよw)。
癒し系の声といえば、「ケロロ軍曹」からはちょいと外れるのですけど、ラジオ「週刊ダイナマイク」等でタモリさんと名コンビを組んでいた堂尾弘子さんの声も大好きでした、優しくて温もりがあって。
さて、話を元に戻しまして、「ケロロ軍曹」の、最終回ではないのですけど、第2シーズン最後の連続した3話、すなわち第101話「ケロロ小隊 ペコポンが静止する日!?であります」、第102話「ケロロ小隊 ペコポン!!滅び行くか愛の星よ!!であります」、第103話「ケロロ小隊 まごころを君に であります」が非常に感動的で心に残りました。
ちなみにペコポンというのは、ケロロ星人の言葉で地球を意味する言葉であります(笑)。
ある日、地球が静止してしまう。
これはケロロ小隊の地球侵略計画に不満を持つケロロ星が送り込んできた強面のガルル中尉(ケロロ小隊所属ギロロ伍長の実兄)率いるガルル小隊の仕業だった。
ケロロ小隊の各隊員はガルル小隊に対して応戦するものの、悉く敗れてしまう。
挙句の果てにケロロ軍曹はガルル小隊のメディカルマシーンによってリセットされ(そのため若返り、おたまじゃくしの尻尾が生えるw)、夏美や冬樹と過ごした日々を忘れた冷酷なケロロ大尉に生まれ変わる(「機動戦士ガンダム」でシャアが被っていたヘルメット状のものを頭に乗せているところが可笑し)。
そんなケロロ大尉を夏美が
「あんた、本当にわたしたちのこと忘れちゃったの? このボケガエル!」
とビンタし、また冬樹が泣きながら
「僕の知っている軍曹は、僕の大切な友達だよ。軍曹!」
そう訴えると、その声がケロロ大尉の心の最深部に届く。
するとケロロ大尉の細胞が変化し始め、おなじみ角田信朗さんといはたじゅりさんが歌う「ケロッ!とマーチ」(作詞・もりちよこ、作曲・沢田完)が流れる中、
「ゲッロオオオオ・・・我輩はぁ・・・我輩はぁ・・・ケロロ軍曹であります!」
と元のケロロ軍曹の姿に戻る。
ガルル小隊の隊員たちは
「バカな」
「ありえない」
と驚くが、ガルル中尉は冷静に
「だが、事実だ」
と言い、さらにこう付け加える。
「強い意志の力は肉体にも影響を及ぼす、か・・・」
このケロロ大尉がケロロ軍曹に戻るシーンは、何回観ても感動で涙が出ます。ギャグマンガとはいえ侮れません。まだ観ていらっしゃらない方は、ぜひご覧になってみてください。心にジーンと響きますよ。
「ケロロ軍曹」的な作品の元祖といえば、何と言っても藤子不二雄先生の諸作品ですよね。私も小さい頃から藤子不二雄作品を観て(あるいは読んで)育ちました。
そんな藤子不二雄先生の代表作「ドラえもん」のニセの最終回が何年か前に話題となりました。
これはニセモノにはちがいありませんけど、絵といいストーリーといい、なかなか良く出来た作品だと、わたし個人としては感心しております。
それはどういうお話かと申しますと・・・
ある日、ドラえもんが動かなくなる。原因は電池が切れた為である。それなら電池を交換すればいいじゃんと簡単に考えていたのび太に、ドラえもんの妹ドラミちゃんが衝撃的な事実を告げる。
ドラえもんタイプのロボットは耳にバックアップ装置が付いているので、耳を無くしたドラえもんは電池を交換すると、のび太と過ごしたそれまでの記憶をすべて失ってしまうのだ、と。
その日からのび太は人が変わったように猛勉強をし、やがて世界的なロボット博士となる。ドラえもんを元通りにしたい一心で。
何十年か後、すっかり宮崎駿監督のような風貌になったのび太は、妻のしずか(!)を自分の研究室へ招き入れる。
さあ、ここからです。
どうです? 泣けますでしょう? 私は泣きました、これを読んで。
もちろん本物の藤子不二雄先生の作品も泣けますよ。私はアニメ「パーマン」の最終回がたいへんに印象深いです。アニメ「パーマン」と申しましても、私が言うのは1967年放送の白黒版ですからね、念のため(汗)。
著作権の関係からか後にパーマンはバードマンから任命されたという事になったわけですけど、元々はスーパーマンから任命され、スーパーマンより少し能力が劣るからパーマンなのです。
また、パーマンが自分の正体を他人に知られる事は許されず、もし知られたら脳細胞破壊銃でクルクルパーにされるという設定も現在では許されないのか、すっかり無くなっておりますな(苦笑)。
さて、そんな「パーマン」の最終回前半は、パーマン3号こと《パー子》が自分の正体(美少女アイドル歌手の星野スミレ)を明かす「パー子という名の女の子」でした。これも良い話です。
そして後半が「パーマンよ いつまでも」。
パーマンとして昼夜を問わず人助けをしているパーマン1号こと須羽ミツ夫は、そのため学校では居眠りが多く、先生や両親から叱られてばかり。
そんな生活に嫌気がさしたミツ夫は、
「誰も僕の事を分かってくれない。辛い思いをするばかりで何の得も無い。パーマンなんか今日限りでやめた!」
とパーマンを辞める宣言をする。
「そんな事はない。みんなパーマンに感謝しているよ」
スーパーマンがそう説得しても、ミツ夫は
「でも、それは僕、須羽ミツ夫には関係ないじゃないか」
と反論する。
「世の中には褒められなくても、しなくてはいけない事があるんだよ」
「そんなのインチキだ。僕はパーマンを辞めます」
ミツ夫はきっぱりそう言うとパーマンセットをスーパーマンに突き返し、家に帰る。
「さあ、今夜からゆっくり寝られるぞ」
と、ミツ夫が布団に入るや、窓からスーパーマンが入って来て、
「しばらくこれを預かっておいてくれ」
そう言ってパーマンセットを無理やり置いてゆく。
その夜は山で大なだれが発生した。仲間のパーマンが呼びに来ても、ミツ夫は
「もう僕には関係ないから」
と布団から出ようとはしない。
仕方なく他のパーマンは自分たちだけで救援に向かう。
布団の中でじっとしているミツ夫の脳裏に大なだれで困っている人々の姿が浮かぶ。いや、僕にはもう関係ないんだ。いくら自分にそう言い聞かせても脳裏から苦しむ人々の姿は消えない。
目の前に転がっているパーマンセット。
居ても立ってもいられなくなったミツ夫は服を着替え、パーマンに変身して窓から飛び出してゆく。
すると窓の外にはスーパーマンが・・・
「ほお、出かけるのかい?」
「・・・」
「なぜ行くんだね?」
「なぜって・・・分かんない。でも、行かずにはいられないんです」
そう言って飛んでゆくミツ夫、すなわちパーマン1号。
ここで高らかに響き渡る「ぼくらのパーマン」(作詞・藤子不二雄、作曲・越部信義、唄・三輪勝恵、石川進)。
真っ赤なマントを翻し
来たぞ 僕らのパーマンが
時速は91キロだい
パーマン2号も遅れるな
クルクル旋回 クルリのパー クルリのパー
「おーい、パーマン、どこへ行くの?」
「ウッキー、学校に遅れちゃうよ」
パピプペ パピプペ パピプペ パーマン
雲の上
そしてパーマン1号を見送るスーパーマンの言葉。
「たとえ誰も褒める人がいなくても、私だけは知っているよ、君が偉い奴だっていうことを。いや、君を見ているお友達も、きっといつかは分かってくれるだろう」
いやー、実に感動的な最終回でした。
スーパーマンのような先生が欲しかったです、私にも。