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アントニオ猪木の異種格闘技戦

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 寒いですね。秋がすっ飛んで、急に冬が来ちゃった感じです。ぶるぶる。
 
 安倍総理率いる自民党は、国会で多数派になったと思ったら、さっそく危ない動きを始めましたね。特定秘密保護法案。何、これ? 確かに国家機密を守るのも大切ですけど、こんなに曖昧で、かつ縛りの無い法律だと、時の権力者に悪用されて、国民の人権が侵害される危険が大きすぎますわな。
 前回の政権時、安倍総理は国会での多数にものを言わせて強行採決を連発したことで国民の信頼を失い、その結果参議院選挙で大敗し、ねじれ状態を作ったまま総理の椅子を投げ出したのを、もう忘れたのでしょうか?
 アメリカからの圧力が強いのでしょうけど、また同じ過ちを繰り返さないでいただきたいものですよね、安倍さんには。
 
 政治といえば、夏の参議院選挙で国会議員に返り咲いたアントニオ猪木氏が、無許可で北朝鮮を訪問した事が問題になっていますよね。
 猪木さんが北朝鮮へ行くことで、拉致被害者が一人でも日本へ戻って来られるのならば、何の文句もありませんけどね。小泉総理の訪朝以来、拉致問題は進展がまったくありませんから。誰でもいいから何とかしていただきたいものです。
 
 その猪木さんですが、今の若い方たちが彼をどう思っているのか知りませんけど、少なくとも私の世代にとっては、彼は憧れのヒーローでした。
 私の時代のヒーローといえば、ウルトラマンや仮面ライダーなどの架空のヒーローを除けば、萩原健一松田優作ブルース・リー、矢沢永吉、そしてアントニオ猪木なのです。
 
 猪木さんのプロレスは、白黒テレビの時代から、よく観ていました。プロレスも私たちの世代の人間に大きな影響を与えたジャンルの一つです。
 でも、当時はBI砲としてタッグを組む《空手チョップ》、《16文キック》のジャイアント馬場さんの方が大人気でして、どちらかといえば猪木さんは馬場さんの陰に隠れた地味な存在でした。
 
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 猪木さんが初めて《卍固め》を使った時の事も憶えていますよ。
 アナウンサーが「あ、これは新しい技です。新しい必殺技です。どうやら猪木選手が新必殺技を披露した模様です」と絶叫し、番組の終わりに「猪木選手が見せた新必殺技の名前を募集します」というアナウンスが流れ、翌週かその翌々週、視聴者から集まった候補の中から《卍固め》という名前に決まったのです。
 
 当時、活躍していたプロレスラーも懐かしいですよね。
 《人間発電所》ブルーノ・サンマルチノ。《黒い魔人》ボボ・ブラジル。《噛みつき魔》フレッド・ブラッシー。これらのニックネームが秀逸でしょう?
 それから、《鉄の爪》のフリッツ・フォン・エリック。いやー、迫力があったなぁ。
 
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 また、マスクを被ったプロレスラーというのも当時の私たちをワクワクさせたものでして、その代表格は、もちろん《足四の字固め》のザ・デストロイヤー。
 デストロイヤーは、和田アキ子さん司会の人気バラエティ「金曜10時!うわさのチャンネル!!」でも、せんだみつおさんやあのねのね、マギー・ミネンコさん、徳光和夫アナウンサーらと共に大活躍していました。タモリさんもこの番組から世に出たのですよ。
 「うわさのチャンネル」・・・ハプニングだらけで面白かったなぁ・・・今まで観たバラエティ番組の中でいちばん面白かったんじゃないでしょうか? もういちど観たいです。
 
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 ・・・えー、話を猪木さんに戻しますね。
 
 ジャイアント馬場さんの陰に隠れていまいち地味な存在だった猪木さんが、一躍世間の脚光を浴びる事となったのが、1976年に日本武道館でおこなわれたモハメド・アリとの異種格闘技戦でした。
 
 それ以前から猪木さんは、柔道王ルスカ選手などと異種格闘技戦なるものをやっていたんですよね。
 異種格闘技戦・・・この言葉の響きに当時の私たちがどんなに心をときめかせたことか・・・違うジャンルの格闘家が、どちらが強いのか真剣勝負で決着をつけるというのですよ。これは燃えるでしょう。現在の総合格闘技のルーツと呼べる試みでした。
 
 しかも、今回の相手は現役のヘビー級ボクシング世界チャンピオンにして、時代を象徴するスーパースターのアリ。
 こう言っちゃ悪いけど、よくもまぁ世界のアリが日本のいんちき臭いプロレスラーと試合することをOKしてくれたもんだな、と思ったものです、当時は。
 
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 この試合は衛星放送で全世界へ中継されました。
 ところが、試合が始まった途端、猪木はマットに寝転んだまんま。それが15ラウンド続いて・・・「いい加減にしろ、猪木!」と日本中が怒り心頭でした。たぶん世界中の人も。ルールの問題とか、色々あったのでしょうけど、それにしても情けない試合でした。
 
 その後も猪木さんは異種格闘技戦を続け、次の大きな山が《空手バカ一代》大山倍達館長率いる極真空手の《熊殺し(本当かいね?)》ウィリー・ウイリアムスとの対戦でした。
 プロレスと極真空手、一体どちらが強いのか?
 この頃から梶原一騎が絡んで来たのですかね? 様々なメディアで試合の雰囲気を盛り上げていました。
 そして、遂に1980年2月27日、ゴング!
 ところが、これまたしょぼい試合で、「何だ、こりゃ?」という感じ。
 長身で筋骨隆々のウィリーの肉体美が素晴らしかった、というだけの試合でしたね。
 
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 1980年代前半、アントニオ猪木率いる新日本プロレスは絶頂期を迎えます。
 当時はスターが揃っていましたからね。
 タイガー・ジェット・シン。ハルク・ホーガン。アブドーラ・ザ・ブッチャー。ブルーザ・ブローディ。そして《ウエスタン・ラリアット》のスタン・ハンセン。
 
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 それから《大巨人》アンドレ・ザ・ジャイアント。
 
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 日本勢だって素晴らしかったんですよ。
 
 《維新軍》長州力。《ドラゴン》藤波辰爾。《組長》藤原喜明。ドン・中矢・ニールセンとの異種格闘技戦が忘れられない前田日明。
 そして、この人、初代タイガーマスクとなった佐山サトルさん。
 それ以前にもミル・マスカラスという空中殺法を得意とするレスラーはおりましたけど、初代タイガーマスクは異次元の素晴らしさでしたね。ダイナマイト・キッドやブラック・タイガー、ウルトラマンとの試合が懐かしいです。
 
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 実況は古舘伊知郎アナウンサーで、解説は山本小鉄さん。
 面白かったなぁ、1980年代初めの新日本プロレス。
 
 最近、あまりプロレスの話題を聞かないのですけど、今はどうなっているのでしょうか?
 プロレスはもう《終わってしまったジャンル》なのでしょうか?
 またワクワクするプロレスを見てみたいものです、オールドファンといたしましては。あはは・・・

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